転倒と聞くと「大したことじゃない」と思う方も多いかもしれません。しかし、転倒したことによって、通院や入院が必要なケガをしており、要介護状態(介護が必要な状態)になってしまうこともあります。
転倒を予防することは自分自身・身近な家族や親族の為に必要なことです。
この記事では転倒に深く関わる理学療法士が作成し、転倒予防に効果的な知識や運動を分かりやすくお伝えしていきます。
概要:転倒

65歳以上高齢者では3人に1人が1 年間に1回以上転倒すると言われています。2024年時点で、日本の高齢者が約3625 万人であると、1208万人が1年間に1 回以上転倒することになります。転倒した人の約5 %が骨折すると言われていますので、1 年間に約60万人の高齢者が転倒によって骨折しているということになります。

高齢者の2/3は転倒しないと聞くと「たいしたことない」と思われるかもしれませんが、1年間に1208万人が転倒することを計算すると日本では3秒に1人が転倒し、1分間に1人が転倒で骨折している計算になります。
2024年の調査では、高齢者の介護が必要になる原因の1位認知症、2位脳卒中に次いで3位が転倒・骨折となっています。以上から、介護を必要としない健康寿命を伸ばし人生の選択肢を持ち続けるには転倒を予防することが非常に重要となります。
転倒の要因

転倒は身体機能(筋力や関節可動範囲)やバランス能力・認知機能・食事の状態・生活環境などの様々な要因の積み重ねで生じます。そのため、身体機能が低下しないように定期的な運動、バランスのとれた食事、生活習慣病の予防、物を散らかさない生活環境などによって転倒を予防することが大切です。
転倒リスクの評価

膝の角度が90度・太ももが床と平行になる高さの椅子に座ります。開始の合図で両膝が完全に伸びるまで立ち上がり素早く元の座った姿勢に戻ります。立ち座りを5回行うことにかかった時間を計測します。
椅子からの立ち上がりを5回行うのに15秒以上かかる場合は転倒のリスクが高いと言われています。

60歳以上の高齢者で片足立ちが【目を開けた状態で平均32秒】・【眼を閉じた状態で平均16秒】出来た人では転倒しにくく、片足立ちが【目を開けた状態で平均18秒】・【目を閉じた状態で平均7秒】の人は転倒しやすかったという報告があります。
個人でも可能な転倒リスク評価です。椅子立ち上がりテスト・片足立ちテストで転倒しやすい傾向があると分かった人は、転倒予防に向けて運動を行っていく必要があります。
転倒予防:運動プログラム

椅子からの立ち上がりを10~20回繰り返します。椅子の高さが高いと負荷が軽くなり、椅子の高さが低いと負荷が強くなります。身長と筋力などで望ましい高さは異なりますが、10~20回連続で出来る椅子の高さが望ましいです。休憩を挟んで2~3セット行ってみて下さい。セットをこなしていく中で回数が減っても問題ありません。自身が出来る回数をこなし、徐々に回数やセット数を伸ばして行きましょう。
注意点:ソファなど座面が柔らかいものは立ち座りが行いにくいので、ある程度の硬さのある座椅子が望ましいです。

バランス練習として閉脚(足を閉じた状態)・タンデム(綱渡りの足の位置)・片足立ちなどがあります。転倒しないようにバランスを崩した時は固定された家具や重い椅子などを持てるようにしておき、姿勢を保持するなどのバランス練習を行うことで転倒リスクを下げることが分かっています。
また、【眼を閉じる】・【上や左右を向いたり(目線を変える)】・【マットの上などやや不安定な足場で行う】などで難易度を調整することも可能であり、個々の能力にあった難易度で調整することが望ましいとされています。

バランスをとる時は基本的に足首の関節を使ってバランスを取ります。そのため、足首を構成する筋肉のトレーニングを行うことでバランス能力が向上することが期待出来ます。実際に足首周囲の筋トレを行うことでバランススコアが向上したという報告があります。
つま先上げは膝下前側の筋肉・踵上げはふくらはぎの筋トレになります。
まずは10回から始め、徐々に回数を増やし連続30回を目指してみて下さい。

10㎝または15㎝程度の台や階段などの段差で昇り降りを繰り返します。転倒が怖い人が手すりや重い椅子やテーブルなどを持ちながら行って下さい。少し足が疲れる程度まで行うことが望ましいです。

スクワットはお尻・太もも周囲の筋肉を総合的に鍛えることが出来る筋トレです。足腰を鍛えることが出来るので、身体の土台を作ることにつながります。実際に平均年齢82歳の高齢者にバランス練習と踏み台昇降・スクワットを組み合わせる運動プログラムを行ったところ、バランス能力が改善したという報告があります。
本来ならば、膝を90度近くまで曲げて太ももが床と平行になるまでお尻を下げることが望ましいですが、自分自身が無理の無い範囲まで下げるスクワットでも効果は期待出来ると思われます。お尻を下げた際に、膝がつま先を超えると膝に負担がかかりますので気を付けて下さい。転倒が心配な方は手すりや重い椅子などを持って行ってみて下さい。

お尻から太もも裏の筋肉を鍛える方法として、ヒップレイズがあります。ヒップレイズは仰向けに寝た状態でお尻を上げる運動です。足の位置によって、お尻・太ももどちらを主に鍛えることが出来るのか異なります。膝を曲げて足の位置が身体に近いほどお尻に負荷がかかり、足の位置が身体から遠くなると太もも裏に負荷がかかるようになります。お尻を上げた時に膝が90度曲が程度がバランスよく鍛えることが出来ると思われます。

協調運動(身体をコントロールする運動)はWHO(世界保健機関)においても、バランス能力を向上させるために推奨している運動です。協調運動の例として、足の裏にボール置いてコロコロ転がす運動など行うのもいいかもしれません。
転倒予防:身体作りに必要な食事
運動効果を高めるためには、日頃の食事も大切です。健康的な身体を作るにはバランスの良い食事が不可欠です。詳しくは以下のリンク先を参考にしてください。
【大人の栄養学】炭水化物・タンパク質・脂質・ビタミン・ミネラルを詳しく解説
転倒予防:生活環境のポイント
運動や食事で身体機能を向上させても、生活環境が転倒しやすい環境であると転倒のリスクは高くなってしまいます。実際に高齢者は自宅で転倒しているケースが多く、1位が庭であり次いで2位が居間・リビングとなっています。階段や滑りやすい浴室などは転倒リスクが高いことは、多くの方が感じ取り気を付けていると思いますが、居間やリビングでは油断して転倒してしまっているということです。
引用・参考文献
1.公益社団法人 日本理学療法士協会;理学療法ハンドブックシリーズ⑱ 転倒予防
2.Melanie Lesinski et al:Effects of Blance Training and Blance Performance in Healthy Older Adults:A Systematic Review and Meta-analysis;The Author(s) 2015.This article is published with open sccess at Springerlink.com
3.Janna Beling et al:Multifactorial Intervention with Balance Training as a Core Component Among Fall-Prone Older Adults;California Stane University, Northridge,Derartment of Physical Therapy. Northridge,CA
4.Leslie Wolson, MD et al:Balance and Strength Training in Older Adults:Inervention Gains and Tai Chi Maintenance;JAGS 44-498-506, 1996
5.Bert H Jacobson et al:Independent state balance taraining contributes to increased stability and functional capacity in community-dwelling elderly people : a randomized controlled trail;Clinical Rehabilitation25(6) 549-556 2011