変形性股関節症は、股関節の変形により【痛み】・【歩きにくくなる】など生活で困ったことが多くなる疾患です。変形性股関節症は基本的に完全に治すことは出来ません。そのため、変形性股関節症は予防や進行を緩やかにすることが非常に大切であり、そのためには運動が有効とされています。
理学療法士として働いていると変形性股関節症を有している方に多く出会います。この記事では理学療法士として、変形性股関節症に効果のある運動や生活の知識を分かりやすくお伝えします。
ぜひ、皆様の健康的な生活にお役立て下さい。
変形性股関節症とは?
変形性股関節症とは、股関節の関節軟骨の摩耗により関節が変形し、進行していくと骨棘などの骨が増殖し痛みが生じる疾患です。変形性股関節症は股関節の痛みが主体であり、関連痛として太ももやお尻の痛みを訴える場合も少なくありません。変形性股関節症の初期は歩いた後のだるさや運動開始時の痛みとして現れ、進行していくと関節可動範囲の制限や歩行の変化など障害が生じます。基本的に変形性股関節症の多くは長い時間をかけて進行していきます。
変形性股関節は一次性(原疾患が明らかでない)と二次性(何らかの疾患が原因)に分類されます。日本では変形性股関節症の原因の一次性の頻度は15%程度であり、多くは二次性と言われています。二次性の中でも先天性股関節脱臼・股関節亜脱臼・寛骨臼形成不全に起因するものが多く、変形性股関節症の80%を占めると言われています。
日本の変形性股関節症の有病率は韓国や中国より高く、欧米より低いと言われてます。また、日本の変形性股関節症の好発年齢はおよそ40〜50歳代であると言われているため40代以降では注意が必要です。変形性股関節症は遺伝の影響を受けるため、親族に変形性股関節症がいる方は特に要注意です。
変形性股関節症の原因
変形性股関節症は何らかの原因により股関節内部に強い圧力が加わり続け、関節軟骨がすり減ることで関節が変形することで生じます。
日本や欧米では【重量物作業の職業】・【寛骨臼形成不全】・【発育性股関節形成不全(脱臼)】の既往・【肥満】が変形性股関節症が発症する危険因子であると言われています。加えて【加齢】も関節軟骨が摩耗する要因となります。特に日本・欧米では変形性股関節症の発症として成人の初期に太り始めた場合にはリスクが高くなる可能性があると報告されています。
【寛骨臼形成不全(骨盤が大腿骨を覆う度合いが少ない)】・【大腿骨頭(大腿骨の頭部分)が上方へ位置がズレている】と【股関節の痛み】・【高齢】・【肥満】・【股関節屈曲(胸と膝を近付ける方向)の可動範囲制限】【併存疾患のあること】などが変形性股関節症が進行している因子であると言われています。
医療機関を受診し寛骨臼形成不全・大腿骨頭の位置がズレているなどを医療者から言われたり、股関節の痛みが強くなる・高齢である・肥満体型である・膝を胸に近付けにくいなどがある場合は、運動や生活習慣などを改善し変形性股関節症の進行に気を付けなければいけません。
変形性股関節症の治療方針
変形性股関節症の治療方針として、初期では保存療法を行います。保存療法として理学療法(リハビリ)・生活指導・薬物治療などがありますが、変形性股関節症は初期➡進行期➡末期へと進行する場合が多く、進行していくと手術療法が選択肢に入ります。変形性股関節症の末期である場合や高齢の場合には人工股関節全置換術(THA)の適応となります。
変形性股関節症:保存療法
変形性股関節症を有する人に医療者による指導を運動やリハビリなどを組み合わせることで、痛みの軽減や日常生活の改善効果が期待できると言われています。
医療者による指導内容としては以下の内容があります。
1.股関節の構造や変形性股関節症そのものを理解
2.日常生活の環境を改善
3.日常生活の動作方法を指導
4.杖や装具の指導
5.体重管理
6.自宅で出来る運動の指導
1人で試行錯誤するよりは、医療機関を受診し医療者による指導を受けることを推奨します!
変形性股関節症に対する主な運動は、有酸素運動・筋トレ・可動域訓練・水中運動・ウォーキングなどがあります。変形性股関節症に対する運動を調べた研究では、運動を3ヶ月~1年半継続することで痛みの軽減が期待出来るとされています。また、運動を4か月以上継続することで身体機能の改善も期待出来ます。
運動の代表として、有酸素運動・筋トレ・水中運動が推奨されており、鎮痛や機能改善に効果が期待出来ます。運動の種類や強度に関しては一定の見解は残念ながらありません。しかし、運動を行わないよりは運動を行うことによる良い効果の方が期待できるため、運動を行うことは推奨されています。
運動の継続は痛みの軽減・身体機能改善の効果が期待出来ます!
1.理学療法士などによるストレッチなどを6週間継続して行うことで痛みが軽減したという報告があります。しかし一方で、十分な効果がないという報告もあり、ストレッチの継続は痛みが軽減する可能性があるという程度です。
2.変形性股関節症に対して3週間の間、温泉などで温めることで痛みの軽減・身体機能の改善が持続したとする報告があります。しかし、あくまでも可能性があるという程度です。
3.超音波療法は理学療法と組み合わせることで鎮痛効果や身体機能改善に効果が期待出来るとされています。具体的には1回10~15分の超音波を週5 回の頻度で合計10回行うことで1ヶ月・3ヶ月目に鎮痛効果・身体機能が改善した報告があります。超音波は広く使用されており一定の効果が期待出来ると思われます。
理学療法士などによるストレッチや温泉などによる温める効果は痛みの軽減・身体機能の改善に効果がある可能性がある
超音波は広く使用されており、疼痛の緩和・身体機能の改善の効果が期待出来る
1.杖などを使用することで股関節の負担を減らすことが可能であり,痛みの緩和に有効であるとされています。また、杖を使うことによって重心の動揺が大きくてもバランスを維持しやすくなります。変形性股関節症の進行期・末期においては、立位・歩行時に疼痛がある場合は杖の使用を勧めるべきであるとされています。
2.足の長さに左右差がある場合、インソールなどの補高を使用し足の長さを揃えることで骨盤・背骨の歪みを予防することが出来ます。また、痛みの緩和が得られる場合もあります。
3.股関節の装具は,痛みの緩和と股関節の不安定性の改善が期待出来ると言われています。また、股関節装具の使用によって長期的な変形性股関節症の進行を予防する効果が得られる報告もあります。
杖などの歩行補助具やインソールなどの補高・股関節の装具は痛みの緩和効果が期待できる
変形性股関節症:手術療法
日本の変形性股関節症は寛骨臼形成不全が原因によるものが多いため、大腿骨を受ける骨盤側を手術し、大腿骨の頭を覆う面積を増やす手術が用いられます。手術の方法として、寛骨臼回転骨切り術(寛骨臼移動術)が最も普及しており、その他としてChiari骨盤骨切り術・寛骨臼(臼蓋)形成術などが挙げられます。
青年期・壮年期の変形性股関節症予備軍や初期段階の変形性股関節症に対して長期的に良好な効果が多数報告されています。人工股関節は寿命があるため、長い生命予後が期待される青・壮年期の症例にはまず関節温存術を考慮することが勧められています。また、変形性股関節症が進行していないほど手術後の成績は良好であるとされています。
関節温存術は青年期・壮年期の変形性股関節症予備軍・初期段階の変形性股関節症の症状緩和および病期進行の予防に効果がある
関節温存術は中年期や進行期・末期の変形性股関節症の疼痛や関節可動範囲制限の緩和や一定期間の関節温存効果が期待出来ます。しかし、関節温存術を行った後の関節の生存率は前・初期股関節症よりも低下するため、人工股関節全置換術も視野に入れて検討するようになります。
人工股関節全置換術 によって痛みの緩和や足の機能向上を中心とした多面的な効果が得られます。また、手術を受けた患者の満足度は84~97%と高いと言われています。
人工股関節全置換術は痛みの緩和・足の機能向上など多面的な良好な結果が得られ、手術を受けた患者の満足度も高い
変形性股関節症のリハビリ
変形性股関節症の予防・進行を遅らせるには股関節周りの筋力を鍛えることを推奨されています。また、股関節の痛みによって歩き方が変わったり、足を動かす頻度が減ると足の柔軟性が損なわれ関節の可動範囲が制限されてしまいます。以上から股関節を中心とした筋トレやストレッチを行うことが推奨されています。
筋トレ
1.お尻の筋トレ
膝を伸ばした状態で足を横に広げます。足を横に広げる際に斜め前に足が出やすいので、足を真横~やや斜め後ろ側に出すように意識します。まずは両方を10回を2~3セットから行ってみて下さい。
※変形性股関節症の進行期・末期の方は、変形性が進んでいる方の足を支えにして運動を行うと股関節・膝に負担がかかりますので、健康な足を支えにして変形が進んでいる足を横に広げる運動だけを行うようにすることを推奨します。
足を後ろに出す運動でお尻周りの筋トレになります。後ろに出す足の膝を曲げて行うと、より効果的にお尻周りに効くようになります。まずは両方を10回を2~3セットから行ってみて下さい。
※変形性股関節症の進行期・末期の方は、変形性が進んでいる方の足を支えにして運動を行うと股関節・膝に負担がかかりますので、健康な足を支えにして変形が進んでいる足を後ろに出す運動だけを行うようにすることを推奨します。
膝を曲げて横に仰向けに寝た状態でお尻を上げます。変形性股関節症・膝関節症が進行・末期の方は、行いやすいように両膝の間にクッションやタオルを挟んだ状態で行うことを推奨します。
横に寝た状態で上にある足を真上~斜め後ろ上に上げるように意識して行います。まずは10回から行い、2~3セット行うようにして下さい。
2.足の付け根の筋トレ
座った・立った状態で胸と膝を近付けるように意識して足を上げます。10~20回から行ってみて下さい。
3.太もも内側の筋トレ
座った状態でクッションやボールを強く挟み込みます。挟む時間は10秒から行い、徐々に時間を伸ばすようにして下さい。
4.太ももの筋トレ
仰向けに寝て、膝を伸ばした状態で足を上に上げます。上げない方の足は膝を曲げておくと、足を上げやすくなります。
座った状態で膝を伸ばすことで太もも前の筋トレになります。10~20回から行ってみて下さい。
5.ふくらはぎの筋トレ
つま先立ちを繰り返すことでふくらはぎの筋トレに繋がります。腰幅くらいに足を開いて、ゆっくりとかかとを持ち上げてつま先立ちになり、ゆっくりと下ろします。
6.足の総合的な運動
出来るだけ大きく足を前後に動かします。出来るだけ大きく動かすことで股関節の可動範囲の制限を予防することにも繋がります。まずは10~20回から行ってみて下さい。
※変形性股関節症の進行期・末期の方は、変形性が進んでいる方の足を支えにして運動を行うと股関節・膝に負担がかかりますので、健康な足を支えにして変形が進んでいる足を前後に動かす運動だけを行うようにすることを推奨します。
テーブルや手すりなどを支えにして足を回すように運動します。出来るだけ大きく回すように意識し、10~20回から行うようにしてみて下さい。
※変形性股関節症の進行期・末期の方は、変形性が進んでいる方の足を支えにして運動を行うと股関節・膝に負担がかかりますので、健康な足を支えにして変形が進んでいる足を回す運動だけを行うようにすることを推奨します。
ストレッチ
ストレッチは柔軟性を向上させるには、ゆっくり伸ばした状態を20~30秒維持し、出来るだけ高頻度で行い1週間で10分以上伸ばすことをお勧めします。詳しくは以下を参照してください。
ストレッチの仕組みとは?効率よく筋肉を伸ばす方法を詳しく解説!!
片膝をついて身体を起こしたまま体重を前に乗せるイメージで身体を前にもってくると足の付け根の筋肉を伸ばすことが出来ます。
仰向けに寝た状態で足を抱え込み、胸と膝を近付けるようにすることでお尻の筋肉を伸ばすことが出来ます。
足を開いた状態でゆっくり身体を前に倒します。
膝を伸ばした状態で足首に向かって手を伸ばすようにゆっくり身体を前に倒します。
踵とお尻を近付けるように意識しながら膝を曲げます。
両足をベッドから下ろした状態でベッドで横になります。片方の足を抱え込むことで下ろしている側の太ももの前側の筋肉のストレッチになります。
水中運動
プールなどの水中で運動することで関節の負担を減らしつつ、筋肉に負荷をかけることが出来ますので、水中ウォーキングなどは非常にお勧めの運動です。
変形性股関節症の生活の工夫
変形性股関節症の予防・進行抑制
変形性股関節症の予防・進行を遅らせるには股関節に過剰な負担をかけないように日常生活に気を付けなければいけません。
肥満は股関節の過剰な負担に繋がることが分かっています。 体格の一般的な指標としてBMIがあります。BMIは体重(kg)を身長(m)で2回割って計算します。[BMI=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)]日本肥満学会の判定基準ではBMIが25を超えると「肥満」に該当します。股関節に痛みのある方は BMI を目安として、体重を増やさないように意識してください。
和式のトイレはしゃがみ込むため、股関節に負担がかかってしまいます。そのためトイレの形式を和式トイレから洋式トイレに変えることをお勧めします。介護保険で認定がおりている方は、介護保険を活用し安く住宅改修出来ます。介護保険がおりている方は担当のケアマネージャーに相談し、まだおりていない方は地域の市役所や地域包括支援センターなどに相談してみて下さい。
布団の生活は床に座ったり、床から立ち上ったりする必要があります。床に座る生活は股関節に負担がかかるため、布団を使用している方はベッドを使用することをお勧めします。
杖を使用することで股関節の負担を減らすことが出来ます。変形している足の反対側の手で杖を使うことで効率よく股関節を守ることが出来ます。杖の高さは杖を握った時に肘が少し曲がるくらいすると力が入りやすくなります。
重たいものを持つことは変形性股関節症の発症や進行に関わっていることが分かっています。変形性股関節症の進行を予防したい場合は、可能な限り重たいものを持つことは避けることをお勧めします。
人工股関節全置換術後の脱臼予防
人工股関節置換術をした後は、手術をした股関節が脱臼しないように気を付けなければいけません。
人工股関節全置換術を受けた後は、基本的に以下の3つに気を付けなければいけません。
1.膝が内側を向く
2.膝と胸を近付けすぎる
3.足を後ろに出しすぎる
1.足を組んで座る
上図は右足を手術した場合の例です。椅子に座る際に足を組んでしまうと足を組んでしまうと右膝が上内側を向いてしまい、脱臼のリスクを伴います。人工股関節全置換術を受けた人は足を組んで座る習慣を無くすことが大切です。
2.横座り
横座りは膝が内側を向くため脱臼リスクを伴います。上図は右の股関節を手術した場合の例です。しかし、左側の股関節を手術した人は上の座り方はリスクが低いので大丈夫です。右側の股関節を手術した人は上図とは逆向きに座ることでリスクを減らすことが出来ます。
3.抱え込んで座る
足を抱え込んで座ってしまうと膝と胸を近過ぎますので脱臼のリスクを伴います。体育座り・三角座りも同様で脱臼のリスクを伴うため避けておいて下さい。
4.靴下・靴の着脱
靴下・靴の着脱方法に注意が必要です。上図の左側では右膝が外を向いているため、脱臼の心配はありません。しかし、右側では右膝が内側を向いているため脱臼のリスクを伴います。靴下・靴の着脱は左側の方法で行うようにして下さい。
5.しゃがみ込み方
床にあるものを拾う際に、普通にしゃがみ込むと膝と胸が近付けすぎるので脱臼のリスクを伴います。そのため、手術した方の足は後ろに出し、手術していない方の足で片膝立ちになることで脱臼リスクを伴うことなくものを拾うことが出来ます。
人工股関節全置換術は手術の方法によって脱臼しやすい姿勢が異なります。日常生活では脱臼しやすい姿勢・動作に注意して生活する必要があります。詳細は主治医・執刀医や理学療法士にご相談ください。
引用・参考文献
1.日本整形外科学会・日本股関節学会 変形性股関節症診療ガイドライン(改訂第3版)
2.公益社団法人 日本理学療法士協会 理学療法ハンドブックシリーズ⑰ 変形性股関節症